教えて!痛みの達人

川﨑 宗則さん / 野球選手 インタビュー

第2回 川﨑 宗則さん / 野球選手 インタビュー

ケガと戦わなくていい。
野球界で活躍し続ける川﨑宗則選手の本当の強さとは?

プロ野球選手として、22年目を迎える川﨑宗則選手。福岡ダイエーホークス(現ソフトバンクホークス)を経て大リーグへ進出し、40歳を迎えたいまも栃木ゴールデンブレーブスで活躍中です。これまで、「神の右手」など球界で語り継がれるプレーを残してきましたが、輝かしい功績の陰には、常にケガとの闘いがあったといいます。まさに「痛みの達人」といえる川﨑選手に、痛みとの付き合い方を教えていただきました。

川﨑 宗則(かわさき・むねのり)さん

川﨑 宗則(かわさき・むねのり)さん

1981年生まれ。鹿児島県出身。

兄の影響で野球を始め、軟式野球のスポーツ少年団で活躍。1999年、18歳にして当時の福岡ダイエーホークスに入団。その後チームのリーグ優勝・日本一にも貢献する。2006年に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表に選出。2012年には尊敬するイチローを目指し大リーグに進出。現在は栃木ゴールデンブレーブスに在籍しつつ、メディア出演、自身のYouTubeチャンネルを開設するなど幅広く活躍している。

ケガを恐れずプレーするために

ケガを恐れずプレーするために

「ケガをしないように余力を残したプレーを、ファンは誰も望んでいないと思うんです。以前、YouTubeのチャンネルでそんな話をしたことがあります。試合を観に来てくれたお客さんには、少しでもいいプレーを見せたい。チームのためにも、塁を進めたり、アウトを1つでも多く取ったりしたい。全力のプレーはケガを招く可能性がありますが、ケガを恐れたプレーはしないのが、プロとしてのモットーですね。野球は試合時間の長いスポーツです。3〜4時間プレーを続けると、意識が朦朧(もうろう)として、フラフラになることもあります。そのような状況でも、できるだけケガを防ぐにはどうするか? いつも心掛けているのは、自分の体とコミュニケーションを重ねることです。

右脚がどうしても太くなりがち

僕は、体の右側に重心をかけすぎるクセがあり、右脚がどうしても太くなりがちです。安定感のある右脚に頼ると、左脚はどんどん弱くなっていく。だから、右脚よりも左脚のトレーニングの回数を多くしたり、より負荷をかけたりして、左右の偏りをなくすようなトレーニングを行います。ストレッチなど、毎日同じ動きをする中で「今日はここが張っているな」とか、ちょっとした違和感に気づくこともあります。ケガをしやすい動きを想定し、そこから逆算してトレーニングメニューを組むことで、ケガを防げることもあります。

トレーニングで重視しているのは、走る力を衰えさせないことと、止まる力をつけること

いま、トレーニングで重視しているのは、走る力を衰えさせないことと、止まる力をつけること。歳を重ねると、走る、そして止まる、この一見シンプルな動きが難しくなるんです。自動車を製造している方から「アクセルより先にブレーキを作る」と聞いたことがあります。しっかり止まる力があるから、速度を出しても安全に運転できる。僕ら野球選手も同じです。筋肉に負担をかけないためにも、走ることと同時に、しっかり止まるブレーキを身につけなければならないんです。

2006年WBC決勝。
右肘の痛みより勝利の喜びが大きかった

最初に大きなケガをしたのは、高校1年生のとき

小学3年生から野球を始め、最初に大きなケガをしたのは、高校1年生のときでした。軟式ボールから硬式ボールに変わって、その重さに慣れないまま試合に出場することになり、体に負担がかかって疲労骨折をしたんです。18歳でプロになってからは、ケガの連続。肩を痛めたり、脚を骨折したり、靭帯を損傷したり……たくさんのケガを経験してきました。

捕手と接触して右肘を負傷

2006年のWBC決勝戦で、右手でホームベースにタッチした後、捕手と接触して右肘を負傷したことは、ニュースでも大きく取り上げられました。もちろん痛かったけれど、優勝に貢献できたので、喜びのほうが勝りましたね。それよりも、北京オリンピックの予選1戦目で脚を疲労骨折したときのほうが、よほどつらくて悔しかった。その後ずっと試合に出られず、痛み止めを飲んでなんとか1試合出場させてもらいましたが、思ったようなパフォーマンスができなくて歯がゆい思いをしたことを、いまでも覚えています。

大きなケガをすると、もっと体を強くしなければいけないと、気が焦ります

大きなケガをすると、もっと体を強くしなければいけないと、気が焦ります。だからと言ってさらに体を酷使したトレーニングをしてしまうのはよくない。ケガが長引いたり、悪化したりしてしまうんですね。そういうことを繰り返すうちに、がむしゃらにトレーニングするより、体を休ませたほうがいいとわかってきました。プロになって今年で22年目を迎えますが、若い頃に比べて、トレーニングとケアの比率がずいぶん変わったなと思います。20代の頃は、バットを振ったりボールを取ったりするなど、技術を磨くトレーニングばかりしていたんです。でもいまは、トレーニング:ケア=5:5。体をケアすることに、より時間を割くようになりましたね。

ケガは治すものじゃない。
大切なのは取扱いを覚えて長く付き合うこと

ケガは治すものじゃない。大切なのは取扱いを覚えて長く付き合うこと

僕がいま所属している栃木ゴールデンブレーブスにも、ケガをしている選手はたくさんいます。彼らの痛みを理解することはできるけど、アドバイスはしないようにしています。なぜなら、痛みとの付き合い方は、人それぞれ違うから。尋ねられれば「痛いときはこういうトレーニングをしているよ」「こういうふうに痛みと距離を取っているよ」と話しますが、そのやり方がすべての選手にとって正解ではないんです。

ケガは治すものではなく、長く付き合っていくものだということ

ひとつ言えるのは、ケガは治すものではなく、長く付き合っていくものだということ。ケガを自分の一部として受け入れて、取扱いを覚えることが大切なんです。痛みと心はつながっているので「早く治さないと、練習しないと」といった焦りや不安が、痛みを余計に強くしてしまいます。常に10割で頑張らなくていいんです。その焦りを手放せると、5割の調子でも試合に出られるし、3割の調子が1週間続いても平気。野球に限らず、何かを長く続けていくためには、自分を追い込まないメンタリティが必要です。

いまでも野球を楽しいと思える1番の理由は、野球を嫌いになったことも、野球を辞めたいと思ったこともあるから

僕はもうすぐ40歳。いまでも野球を楽しいと思える1番の理由は、野球を嫌いになったことも、野球を辞めたいと思ったこともあるから。ケガをして痛みがひどいときは野球が嫌いになるし、パフォーマンスが発揮できず自己嫌悪に陥ったときは、野球を辞めたいと思います。それでも、僕らしいハツラツとしたプレーでチームを勝ちに導きたいし、「野球はやっぱり楽しい」というところに立ち戻るんです。精一杯トレーニングを続けて、チームのメンバーと励まし合い、痛みとも付き合っていこうって思いますね。

体と心を休める、週に1度の「いたわり」習慣

体と心を休める、週に1度の「いたわり」習慣

川﨑選手が“痛みのパートナー”として挙げてくれたのは、ファスティングドリンク。短期間の断食を無理なく行えるように、食事の代わりに最低限の栄養を摂取できる飲み物です。「1週間に1度、昼食と夕食をファスティングドリンクに置き換えるんです。少しのあいだ胃腸を休ませるだけで、体が動くようになりますね」。ファスティングをする日は、朝食を食べてから午前中にトレーニングを終わらせ、午後は好きな音楽を聴いたり、散歩したりしてゆっくり過ごすそうです。「痛みは脳で感じるので、ストレスがかかると、ケガの痛みを感じやすくなることもあります。ファスティングで腸を休ませると、脳もリラックスするので、余計な痛みを感じなくなりますよ」

痛みを感じると、ついその患部のことばかりを考えてしまいます。しかし、本当の痛みとは、体と心、頭、すべてが関係して起きていることなのかもしれません。なかなか痛みが改善しないときは、川﨑選手を参考に、いろいろな角度から自分と向き合う習慣を持ってみるといいかもしれませんね。

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