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ARTICLE特別記事

プロゴルファー
有村 智恵 選手

PROFILE

プロ20年目の有村智恵が語る、
“ママプロ”としてのこれから

TOPICS

国内通算14勝を誇るプロゴルファー・有村智恵さん。2024年4月に双子を出産し、2児の母となりました。翌年4月には約2年ぶりのツアー復帰を果たし、競技と育児の両立に奮闘中です。プロデビュー20周年を目前に控える今、彼女は人生を賭けてきたゴルフ、そして育児とどう向き合っているのでしょうか。“ママプロ”として見据える未来について、お話を伺いました。

母になってもゴルフをやめる選択肢はなかった

プロゴルファーとして歩まれてきた長いキャリアの中で、妊活による休養や出産・育児を経験され、ライフステージも大きく変化されたことと思います。ゴルフとの向き合い方も変わったのではないでしょうか。

変わりましたね。昔は自分の中の正解が凝り固まっていたところがあったんです。でも、休養で競技から離れて解説やインタビュアーなどの仕事に比重を置くうちに、いろんな正解があることがわかって視野が広がりました。今はゴルフを初めて学んでいるような気持ちです。

妊活を始めて、数ヶ月後自分がどうなっているかわからない状況に置かれたのも変化のきっかけになったと思います。以前はなんでも計画的にやりたいほうでしたが、妊活をしているとそうもいかないので。「もし子どもができなかったら、ツアーを離れた決断を正解だったと思えないかも」という葛藤もあったけれど、母になるという覚悟を前に、計画通りにいかないことを楽しもうと腹をくくれました。なので、母になってもゴルフをやめる選択肢はなかったですね。むしろ出産して、自分のゴルフがどう変わるのかが楽しみだと思っていました。

実際に出産後、育児をしながらゴルフを再開したときは、どんなことを感じましたか。

「こんなことが起きるんだ!」と驚きの連続でした。例えば、もともと肩回りの柔軟性が強みだったのですが、子どもの抱っこで肩や背中がガチガチになってしまって。そこで、背中に負担をかけないようあえて腕の角度を変えてみたら、意外とうまくいったんですよね。キャリアを積んでも「この動きもいいな」「こんな球も打てるのか」という発見がまだまだあるので、やっぱりゴルフは面白いです。

2年ぶりの復帰試合となったヤマハレディースオープン葛城、KKT杯バンテリンレディスオープンを終えた感想はいかがですか。

私が長年武器としてきた“ボールを操る技術”が、あまり衰えていなかったのはうれしかったですね。帝王切開後に腹筋の使い方がわからなくなったうえ、育児で忙しく自分の体と対話する時間がなかなか取れなくて、体の細かい感覚を感じられなくなったのではと不安だったんです。実際には思ったよりも操作性が落ちていなかったので、これまでたくさん練習してきたかいがあったと思えました。

体力面はどうでしたか。

産後はハードなトレーニングができていなかったこともあり、課題を感じました。後半になるとショットが乱れたり、2日目には思うように動けなかったり。飛距離やパワーも落ちていたと思います。

また、産んでも意外と動ける感じがしていた一方で、急にケガをしたり、熱を出したりすることが増えました。昔はケガの予兆や疲労を敏感に感じ取って対策をしてきたのですが、今はひどくなるまで気づけないこともあります。家に帰っても子どもたちの世話でずっとハイな状態なので、オン・オフの切り替えがうまくいっていないのかもしれません。いろんな課題が見つかったので、一つひとつ向き合っていきたいです。

双子の育児と競技生活の両立は想像以上の大変さ

双子の育児をしながら競技生活を送るのは、かなりハードなのではと思います。どのように両立していますか。

練習や試合の間は、姉や母、夫がお世話をしてくれています。今年4月からは子どもたちが保育園に入ったので、今は1日3~4時間ほど練習やトレーニングをし、家事や雑務を片づけてお迎えに行くことが多いですね。ただ、解説などの仕事が入っている日、体調不良などで保育園に預けられないときは、体を動かす時間が取れないこともあります。

練習できる時間は限られているので「そのときにやれることをやる」が基本です。球を打ってみると体の不安定さを感じてトレーニングをやりたくなるし、トレーニングをすると「この動きをやった後に球を打ちたい」と思うし……。常に行ったり来たりしています。

両立の難しさを特に感じるのはどんなときでしょうか。

子どもが体調を崩したときですね。KKT杯バンテリンレディスオープンが終わり、ようやく落ち着いてトレーニングや練習ができるというときに、体調不良で1週間保育園をお休みしなければいけなくなってしまって。もう、本当に何も身動きが取れなくなりました。「子どもがいるんだから思い通りにいかなくて当然」と覚悟していたつもりでしたが、想像を超えていましたね。今後もそういうトラブルはあると思うので、隙間時間で効率的に練習する方法を模索していきたいと思っています。

復帰試合に向けた準備期間も大変でしたか。

本当に大変でした。子どもたちが保育園に入ったばかりで毎日すごく機嫌が悪かったうえに、夫の仕事が忙しすぎて全然家に帰ってこられなくて……。姉と母がサポートしてくれたのですが、あまりのハードさに母もダウンしてしまったんです。家族全員が疲弊していたので、練習を切り上げて帰らなければならなくなったこともたくさんありました。一方で、私がゴルフ中心の生活をすると家庭がどうなるかが身にしみてわかり、いい勉強になったとも感じています。今後いろんな対策を練るためにも、復帰早々に大変なことがまとめて起きてくれてよかったです。

やはり、ゴルフと育児を両立するうえでは家族のサポートが大切なんですね。

そう思います。有村家は「みんなで私のゴルフを応援する」というスタイルで、私もどこか支えてもらうのが当たり前になっていたんです。でも今は、大変な中でも私の思いを尊重しながらサポートしてくれている家族に、すごく感謝するようになりました。私の練習や試合のために家族が時間を捻出してくれているので、その分「中身の濃い時間にしなければ」とモチベーションも高まっています。身内だからといって甘えすぎず、お礼や気づかいをより意識していきたいです。

プロとして、母として、正解がわからなくても前進したい

来年でプロデビュー20周年を迎えますね。今後の目標について教えてください。

長年のゴルフ人生で学んできたことをゴルフ界に還元し、恩返ししたいですね。例えば、プロゴルファーの原江里菜選手と共同で主催している「LADY GO CUP」もその一つです。大前提として、自分がやりたくてやっていることですが、やはり持続可能なゴルフ業界に貢献したいという気持ちもあります。

「LADY GO CUP」とは、どのような大会なのでしょうか。

30歳以上の女子プロゴルファーのための大会です。ライフステージが移り変わりやすい女子プロゴルファーにとって、現在のメインのツアーはどうしても“過ぎ去っていくもの”。どれだけ素晴らしい成績を残しても、ツアーから離れたら活躍の場がなくなってしまう。そして試合に出なくなると、「何をしているのかわからない」と思われてしまうんです。

「LADY GO CUP」ではそんな選手に活躍の場を提供したいですし、現在の活動をアピールするためにも使ってほしいと思っています。実際に、出場をきっかけに仕事の依頼が来たという選手もたくさんいます。「LADY GO CUP」によって女子プロゴルファーの活動の幅が広がり、世間の方々に「30代、40代の女子プロも面白い」と思ってもらえれば、出場していない人たちにとってもプラスなはず。女子プロゴルファーが消費されることなく、長く活躍できるゴルフ業界になってほしいと思っています。

有村選手個人としては、どんなゴルフをしていきたいですか。

今は解説やインタビュアーの仕事が多くなっていますが、競技としてのゴルフも全くあきらめていません。いろんな選手のプレーを参考に、これからも上達し続けたいです。ただ、正直なところ、復帰試合はふがいない結果だったと感じています。バリバリ活躍していた頃は、うまく打てたという感触のショットが1ラウンド中8割ほどでしたが、復帰試合では2、3回あったかどうか。なので、自分の中で合格点が出せるショットやパッティングを、6〜7割くらいにすることが目先の目標ですね。予選通過やアンダーパーはその先にあると思っています。

母親としては、どんなふうになれることを目指していますか。

目標は特に掲げていなくて、そのときやれることを一生懸命やるしかないと感じています。“母親業”に正解はないし、やってみたことの結果がすぐ表れるわけでもないと思うんです。ただ、常に「子どものために何がいいかを考え続ける」という軸だけはしっかりと持って、柔軟に対応していきたいです。

一方で、競技生活を続けていくうえでは、どうしてもこちらの都合に合わせてもらわないといけない場面もありますよね。復帰試合の前も練習に時間を長く割かなければならなくて、子どもと過ごす時間が全然なかったんです。それでも私はゴルフから離れられないし、ゴルフは仕事としての大切な軸でもある。葛藤はありますが、最終的には子どものためになるはずだと思いながらやっています。

お子さんたちも、成長とともにお母さんの仕事を理解して「カッコいいな」と思うようになるかもしれないですね。

そうなってくれたらうれしいです。正解がわからない中でやっていくしかないのは、ゴルフも子育ても同じかもしれません。やりたいこととできることのバランスを取りながら、これからもプロとして、母として前に進んでいきたいですね。

有村 智恵選手

1987年生まれ、熊本県出身。10歳でゴルフを始め、2002年に全国中学ゴルフ選手権で優勝。憧れの宮里藍を追って東北高校に進学し、2006年にプロテストをトップ合格、同年プロデビュー。2008年に「プロミスレディス」で初優勝を飾り、翌年は5勝を挙げ賞金ランキング3位に。2013年からはアメリカツアーにも挑戦。2016年の熊本地震をきっかけに日本ツアーへ復帰し、2018年に6年ぶりの優勝を遂げた。2021年に結婚後、2024年に双子の母に。現在は育児をしながら、選手としてはもちろん、大会運営や競技解説など、活躍の幅を広げている。