あの人のすっぴん爪

陶芸も指先も、自然体で美しい。しなやかに人生を歩む陶芸家・岡崎裕子さん

岡崎裕子さん

手はその人の生き方や価値観を映す鏡とも言われます。しなやかに生きる人の手は、自然と人の目を惹くものです。今回お会いしたのは、陶芸家として活躍する岡崎裕子さん。手や指先の繊細さが必要とされる作陶に、爪の長さや形はどう影響するのでしょうか。アパレルプレスから陶芸家に転身し、キャリアを築いてきたご自身のご経験や、日常的な手先のケアについて、岡崎さんに伺います。

暮らしに目を向ける時代。働く女性に寄り添う器づくり

陶芸を始めるまで、ファッションブランド「イッセイミヤケ」でプレスをしていたという岡崎さん。全く異なる業界に、思い切って飛び込んだのはなぜでしょうか?



「10代の頃からものづくりに携わりたいと思っていましたが、三宅一生さんと一緒にお仕事しているうちに、その欲が再燃したんです。ファッションの世界は、カリスマ性や決断力のある人でなければ残っていけないと痛感しました。私には自分の手でコツコツ作り上げるものづくりのほうが合っていると思い、自分に合う仕事を探し始めたんです」

陶芸家の岡崎裕子さん。23歳から茨城県・笠間市で陶芸の修業を始めたといいます

陶芸家の岡崎裕子さん。23歳から茨城県・笠間市で陶芸の修業を始めたといいます

「私が修業を始めた2000年頃に、ファッション誌で器が特集されたり、セレクトショップに作家物の器が並び始めたりしました。暮らしに目を向ける時代の空気を肌で感じ、デザインや暮らしを大切にしている方に使っていただけるような、和洋どちらにも使いやすい器を作りたい、という想いが湧いてきたんです」

やわらかな風合いと、生活になじみやすい白にこだわった岡崎さんの器

やわらかな風合いと、生活になじみやすい白にこだわった岡崎さんの器

岡崎さんの作品の中でも人気が高いのは、トンボがデザインされた器。なぜ、トンボをモチーフに選んだのでしょうか?


「笠間市で修業をしていた頃、師匠のアトリエの外を、ハグロトンボがよく飛んでいたんです。そのシャープで美しい姿が心象風景として残っていたので、初めての作品はトンボをモチーフにしようと決めていました。2009年の初個展で披露した作品ですが、思いがけず反響を呼び、いまでも定番として作り続けています」

新しい表現を求めて、よりマットに仕上がる釉薬(ゆうやく)*を使用し、器のふちにデコラティブな植物のモチーフを配した作品も

新しい表現を求めて、よりマットに仕上がる釉薬(ゆうやく)*を使用し、器のふちにデコラティブな植物のモチーフを配した作品も
*陶磁器の表面に塗っておく薬品。焼くことでガラス質になり、表面をコーティングする。上薬(うわぐすり)とも言う。

「陶芸家としてデビューしてから12年経ちますが、作品づくりにおいて最も影響が大きかったのは、子どもを妊娠したことでした。自分自身も、おなかの中にいる子を優しく包み込む“器”なんだ、と感じたんです。それまでは、器の外側に装飾することがほとんどでしたが、妊娠を機に器の内側にも装飾を施すようになりました」

自然に恵まれた土地にかまえる岡崎さんのアトリエ

自然に恵まれた土地にかまえる岡崎さんのアトリエ

横須賀にある樹々に囲まれたアトリエが岡崎さんの仕事場。窓に面した場所にろくろを置き、緑豊かな庭を見ながら仕事をするスタイルは、岡崎さんの師匠を真似したんだとか。


「陶芸は、“待つ”仕事でもあります。いくら自分の理想どおりに粘土を形づくったとしても、最後は窯に任せなくてはいけません。焼きあがるまで完成がわからないし、成功か失敗かわからないのが、陶芸の難しさです。そうやって、思い通りにならないことを続けていくうちに『こうじゃなきゃ、こうありたい』という思いや、先に設定したゴールにとらわれなくなったんです」

「人生のスパンも、物事に対してもゆったり構えられるようになりました」と話す岡崎さん

「人生のスパンも、物事に対してもゆったり構えられるようになりました」と話す岡崎さん

大病を乗り越えて感じた、家族と仕事の大切さ

陶芸家として順調にキャリアを築いていた2017年に乳がんが発覚。「自分の人生にはまだたくさんの時間が残されていると思っていたけれど、そうではないかもしれない……と思わされました」と、岡崎さんは話します。


「がんを告知された直後、主治医に真っ先に聞いたのは『子育てはできますか』『仕事は続けられますか』という2つ。いま振り返ると、病気になったからといって、陶芸を辞めるという選択肢は、私の中になかったんだなと思います。子どもたちや夫を自分の不安に巻き込まないことが第一優先でしたが、できる限り仕事を続けて、心の安定をキープしたいと思っていました」

岡崎裕子さん

実は、闘病中に爪・爪周りの乾燥をしっかり保湿する「デイケアオイル」を使用していたという岡崎さん。


「抗がん剤治療をすると、爪や肌に影響が出るんです。私も、治療をした週としない週で、爪がわかりやすく縞模様になりました。当時は、闘病中であることを周りに隠していたので、ウィッグをつけたりメイクをしたりして、カバーしていたのですが、爪だけは隠せず困っていたんです」


乾燥する爪を保湿したいと思い、がん患者のコミュニティサイトを覗いたところ、デイケアオイルを紹介している人がいたそう。試しに使ってみようと思い、すぐに購入したといいます。


「毎日きちんと塗っていたわけではありませんが、塗っているときは『自分を労っているぞ』と、気持ちが軽くなりました。爪の保湿をすることはもちろん、メンタル面での影響が大きかったですね」

指先のケアは“仕事道具”を磨くことと同じ

陶芸家にとって、手や指先は“仕事道具”のひとつ。岡崎さんは、陶芸を始めてから、マニキュアを塗る機会がほとんどなくなったといいます。

ろくろをひく岡崎さんの手

ろくろをひく岡崎さんの手

「ネイルをすることで、爪が少し厚くなりますよね。それによって、指先の感覚が少し変わる気がするんです。ここ15年くらいはネイルを塗っていませんし、爪も短く切りそろえるようにしています。モチーフのトンボの尾の部分は、爪でキュッとつまむようにし器にとりつけるので、その作業をするときだけ、爪をいつもより伸ばしておきます」

爪を少し長くしておき、トンボのレリーフをとりつけます

爪を少し長くしておき、トンボのレリーフをとりつけます

「陶芸では釉薬(ゆうやく)を扱うときや、作品を梱包するために紙で包む作業をしているときがとくに手が荒れるんです」と岡崎さん。そのほか家事で洗剤を使うことも多く、洗面台やバックの中、車の中など手に取りやすいところにハンドクリームを置いて、気づいたらこまめに塗るようにしているそうです。

  

ディープセラムは1日1回のシンプルケア、ズボラな私も頑張れそう

仕事柄、地爪ですごす岡崎さんに編集部から爪トラブルのための浸透補修液「ディープセラム」をおすすめしました。1日1回、地爪に塗るだけのシンプルなケアで、ダメージを補修し、強くすこやかな爪への手助けをしてくれます。

「ディープセラムは、サラッとした感触で、浸透しやすそうですね」と岡崎さん。爪の根元から一方向に塗るのがポイント

「ディープセラムは、サラッとした感触で、浸透しやすそうですね」と岡崎さん。爪の根元から一方向に塗るのがポイント

「やっぱり日中はどうしても手を洗ったり、水を扱ったりするので、水溶性のディープセラムは夜寝る前に塗るのがいいんですよね。じつは昔から右手の人差し指の爪だけ縦に亀裂のようなすじが入って、割れやすいのが悩みなんです。あと私、結構ズボラな性格で、爪10本を塗るとなるとケアをするのが大変そう……と思ってしまうので、せめてこの人差し指だけでも毎日の習慣としてケアできるようにしたいです!(笑)」

爪保護成分が爪の内部まで浸透し、ダメージを補修して、すこやかな爪に。ハンドクリームなどで手を保湿する場合は、ディープセラムが浸透してしっかりと乾いた後がおすすめです。

爪保護成分が爪の内部まで浸透し、ダメージを補修して、すこやかな爪に。ハンドクリームなどで手を保湿する場合は、ディープセラムが浸透してしっかりと乾いた後がおすすめです。

仕事を長く続けるために大切な、体と心のメンテナンス

「ろくろにずっと向かっていると腰痛になりやすいので、腹筋をきちんとつけておく。あるいは、窯詰めのために腕周りの筋肉を鍛えておく。そういうふうに、体のメンテナンスを欠かさないことが、仕事を長く続けるために大切」と岡崎さん。また、横須賀のアトリエに来た2007年からサーフィンを始め、最近は週に1、2回の頻度でサーフィンを楽しんでいるそうです。


「陶芸をすることは、気持ちを自分の内側に向けて、粘土と呼吸を合わせて作業するようなイメージなんです。一方で、海に入ると解放された自然を目の前に気持ちが外向きになる。陶芸と、適度に体を動かすことの2つを交互に続けることが、メンタルキープにもつながっている気がしますね」

アトリエの電気窯の横には、旦那さんや娘さんのウェットスーツが並んでいました

アトリエの電気窯の横には、旦那さんや娘さんのウェットスーツが並んでいました

「30代の頃に比べて、お化粧がどんどん薄く、洋服の選び方もシンプルになってきました。なりたい自分を追い求めるよりも、余分なものを削ぎ落とした先に心地いい姿がある。年を重ねて、そういうフェーズにきているのだと感じます。例えば、手にはその人の年齢や生活がにじみやすい。若い子の滑らかできれいな手を見て、いいなと思うこともありますが、仕事がにじみ出るような、年相応の手でありたいなと思っています」

「40代になってから変化したのは、目指すスタイルがなくなったこと」と笑顔で話す岡崎さん

「40代になってから変化したのは、目指すスタイルがなくなったこと」と笑顔で話す岡崎さん

「お客様から『この器を使ったら、食卓がちょっと明るくなった』『いつもと違う気持ちで料理ができる』と言っていただけることがあります。自分の器が、誰かの生活にわずかでも彩りを与えている……。そのことに、とてつもない喜びを感じますね。陶芸は、息の長い仕事。これからも土と向き合い、私らしい器を作り続けていきます」

岡崎裕子さん

1976年、東京都生まれ。1997年、株式会社イッセイミヤケに入社し広報部に勤務。2000年から茨城県笠間市の陶芸家・森田榮一氏に弟子入り。4年半の修行の後、笠間市窯業指導所釉薬科/石膏科修了。都内の陶芸教室で勤務した後、2007年神奈川県横須賀市にて独立。トンボや植物のモチーフをあしらったマットであたたかみのある質感の器にファンが多い。著書に『器、手から手へ』(主婦と生活社)。

公式サイト:Yuko Okazaki Pottery